『  やくそく   ― (3) ―  』

 

 

 

 

 

 

 

   ザ ・・・ ザザザ ・・・・   ザ ・・・・

 

草むらでなにかが蠢く。

沼からの湿気が澱む地表で エサをさがし屍をさがし 這い回る。

ここにやってくる天敵は 夜の闇が漂う時間には、まずいない。

夜は 魔物とその手下どもの天下なのだ。

 

   ・・・・ ザ ・・!?

 

ふいに、動きがとまった。   ― なにか  いる。

墓地の陰気な空き地で 何かが動いている!   ヤバい・・・!

夜毎に我が物顔にこの地を這い回るヤツらも 今夜は慌てて草むらの奥に逃げ込んだ。

 その空き地には ― 

 

    シュ ・・・ シュシュシュ ・・・・

 

    ト ・・・・ ト  トト  ・・・ シュ・・・!

 

空気が激しく動いている  ―  しかし物音はほとんど聞こえない。

   ただ ひとつ響くのは ・・・ その男の激しい息遣い だけ。

 

   ハア ハア ・・・ ハア ・・・  ウウウ ・・・・ !

 

蒼白い燐光が飛び交う中、 立派な身形の青年が憑かれたように  ― 宙に舞う。

 

 

昼間でも決して一人で行ってはいけない、と代々村人たちは禁忌されてきた。

まして 夜に訪れるなど とんでもない・・・!

村の人々が声を落とし 顔を曇らせ 言葉少なく話る場所  ― それが この墓地。

その中で一番新しい十字架を前に 青年は激しく踊らされ瘴気に弄られ・・・ やがて地に倒れた。

 

彼の回りを 魔の妖精たちが歓喜の声をあげ踊り狂う。

 

   エモノヨ エモノ ・・・!  フフフ  フフフ  ・・・   エモノ !

 

   踊リ疲レテ 死ヌガイイ ・・・  フフフ  フフフ ・・・・ 死ヌガイイ !

 

「 ・・・ ジ   ジ ゼル ・・・! 」

「 しっかりして・・・ 」

「 もう ・・・ いいよ  ありがとう ジゼル ・・・ こんな俺を ・・・

 お前を裏切り・・・ 死なせてしまった俺を ・・・ 庇ってくれて ・・・ 」

「 ・・・ 愛しているの・・・ 愛しているのよ・・・! 」

「 俺も だよ  ああ 今はっきりとわかる。

 俺が ・・・ 生涯愛する女性 ( ひと ) は  ジゼル ・・・お前だけ ・・・だと ・・・ 」

「 ・・・ あなた ・・・ 」

 

新参の妖精は 倒れた若者をなおも庇おうとするが ―

 

   殺セ。  ソノ男ヲ 殺セ。   命令ダ 

 

厳しく冷たい声が 二人に注がれる。

「 ・・・!  ミルタ様 ・・・ お願いです、彼を ・・・ 許して・・・! 」

妖精の女王、ミルタは冷酷に迫り、ジゼルの懇願をはねつける。

 

   殺セ!  殺スノダ!

 

   フフフ フフフ ・・・ 獲物ヨ 獲物〜〜〜

 

先輩の魔の妖精たちも二人に迫ってきた。

「 ・・・ ああ ・・・  お願い 彼を助けて!  愛しているのッ !! 」

 

  

   ―  カーン   カーン  カーン ・・・・ !

 

夜明けを告げる鐘が  鳴った。

 

   !!!  ・・・ 夜ガ・・・ 夜ガ明ケルワ ・・・・ 

 

   墓ノ下ニ戻ルノヨ ・・・! 急イデ!

 

   ウヌ ・・・ アト少シダッタノニ!  皆ノ者  引キ揚ゲヨ                 

 

死の妖精達は 滑るように消えてゆく ・・・ 彼らの墓標の下へ・・・

夜明けの鐘は 魔モノたちの時間の終わりを告げるのだ。

 

「 ・・・ う  ・・・ うううう ・・・ 」

「 ・・・ あなた ・・・ もう大丈夫よ  しっかりして・・・ 」

「 ジ ・・・ ジゼル ・・・! 」

「 ・・・さようなら ・・・ お別れ ね ・・・ 」

「 !?  ジゼル ・・・! 」

「 さようなら ・・・ さようなら あなた ・・・ 愛しているわ いつまでも ・・・ 」

「 ジゼル ・・・! 」

 

闇は急速に薄れて行き、 それと共に愛しい女性 ( ひと ) も去ってゆく。

 

   生きて。  思いどおりに 生きて・・・

   あなたが 悲しむ姿は 見たくない

   あなたが 苦しむ声は 聞きたくない

 

   生きて ・・・  あなたの意志のままに 生きて。

   ・・・ ええ  ・・・ もう会えない ・・・

 

   さあ  ・・・  生きて。  あなたの人生を精一杯  生きて・・・ 

 

   ・・・ 愛しているわ  今もいつも これからも ・・・ ずっと

 

   さようなら ・・・ 愛する あなた ・・・

 

「 ! ・・・ ジゼル ・・・・!! 」

 

差し込んできた朝の光の中 ―  

悲嘆に暮れるアルブレヒトの前にあるのは真新しい十字架だけだ。

  その表面には ただひと言 ・・・ そこに眠る者の名が刻まれている。

 

          『  ジゼル  』  ・・・・ と。

 

 

 

    

    いらぬ注 :  ↑  は 『 ジゼル 』 第二幕のラストです。

            曲をよ〜く聞いていただけると、ちゃんと夜明けの鐘の音が

            入っているのがお判りかと思います。

            ウィリ達は一斉にその音に耳を傾け ・・ やがて

            滑る様に消えてゆくのです。

            ところで ジゼル は騙されていたのを知って

            死んだのですから 彼のことを < アルブレヒト > とは

            呼ばないと思うのですねえ・・・

            ( 村では ロイス と名乗っていた )

 

  

 

 

 

 

 

「 ぼくが車で送ってゆくよ! 」

ジョーは張り切って申し出る。  準備万端、車もすぐに出せる状態だ。

普段この家では 一番遅く起きてくるのに、今朝はもう彼自身外出の仕度までしてある。

「 え ・・・ いいわよ、ジョー。 そんな迷惑はかけられないわ。 」

「 迷惑だなんて! そんな風に言わないで欲しいな。 」

「 ご ごめんなさい ・・・ でも ・・・ 」

いつになく積極的なジョーの様子にフランソワーズは目をぱちぱちさせている。

「 今日はさ きみの 夢への第一歩に日、だろ。 」

「 ・・・まだまだ よ。 とりあえず足を出してみたところ。 

「 立ちんぼよかずっといいよ。 」

「  ― そう ね。 そうよね。  アリガトウ、 ジョー・・・! 」

「 ほい ・・・ お待たせ と。 それじゃ 出かけるかな? 」

ギルモア博士が これもしっかり外出の装いでリビングのドアを開けた。

「 博士!  博士もお出掛けなんですか?  

 それじゃやっぱりぼくが! ともかく駅まで送ります! 」

ジョーはいっそう張り切って申し出る。

「 あ・・・ あの ・・・ね 」

「 おお ありがとうよ、ジョー。 でもな 今日はバスと電車を使うよ。

 これから毎日通う道すじじゃからなあ。 」

「 え?? 博士が ですか? 」

「 あ 違うのよ、ジョー。  博士がね、わたしの通う道順を確かめよう・・・って。 」

「 あ なるほど〜〜  そりゃいいや。 」

「 それにな ジョー。 本日はウチのお嬢さんの保護者として行くのじゃよ。

 なにせレッスン初日じゃからな。 先方の先生方にも御挨拶をせねば な。 」

「 博士 ・・・ 本当にご迷惑じゃ・・・ 」

「 ほらほら。  ジョーもさっき言っておったじゃないか?

 迷惑とかそんな風に言わんでおくれ。  ワシらは ・・・ その ・・・ 」

「 家族 ですからね、博士! それじゃ〜 ぼく、ボディ・ガードとして同行します。

 それなら いいですよね? 」

「 うむ うむ、 頼もしいのお〜 それじゃ頼むとするか。 そしてな、ジョー。

 帰りに お前の参考書選びに付き合うぞ? 」

「 え!  い いいんですか?? 」

「 これも保護者の役割じゃ。 」

「 ・・・あ は ・・・なんか ・・・へへへ ・・・ 楽しいなあ。 」

「 おっと〜〜 こりゃ急がんと。 30分のバスじゃろ? 」

「 あ ・・・ はい。 」

「 じゃ 戸締りはぼくが。 さあ 出発 ! 」

三人は 足取りも軽く岬の家を後にした。

 

 

家のロフトを改築しレッスンを始めたフランソワーズ ・・・

博士もジョーも なんとか彼女を応援しようと、あれこれ協力していたが。

「 あの・・・ 博士。 お願いがあるのですが・・・ 」

「 うん? なにかね 改まって。」

ある日、お茶の時間にフランソワーズが 珍しくおずおずと言い出した。

「 あ。 ぼくがお茶、淹れてくるね。 」

「 ジョー。 あなたにも聞いて欲しいの。 」

「 ・・・ いいのかい。 」

「 勿論よ。  あの ・・・ わたし、レッスンに通ってもいいでしょうか。 」

「 レッスン・・・って バレエのかね。 」

「 はい。  わたし、 先週ある公演のオーディションを受けたのですが ・・・

 見事に落ちました。  全然 ・・・ 身体が思うように動きませんでした・・・ 」

「 ・・・・・・・ 」

「 そしたら ・・・ そのオーディションの主宰者の方が ・・・ レッスン生としてこないかって

 誘ってくださったのです。 」

「 ほうほう それはよかったなあ。  ビッグ・チャンスじゃないか。 」

「 レッスン生? 」

「 ああ 学生・・・ってことかの。 プロフェッショナルな踊り手を目指す学生、かな。 」

「 ええ。 そのバレエ団の朝のレッスンに来てみないか・・って。 」

「 わあ〜〜 すごいじゃん〜 頑張れよ〜 」

「 え・・・でも あの。 そのバレエ団 ・・・ 東京なの。 」

「 あ きみが通うのがちょっと大変かも ? 」

「 いえ わたしのことじゃなくて。 毎朝、ウチを空けてもいいでしょうか。 」

「 フランソワーズ。 そんな心配はしないで宜しい。

 イワンがおるが 彼は普通の赤ん坊とは違うじゃろう? ワシにも十分世話ができる。 」

「 そうだよ〜 朝御飯くらい、ぼくだって作れるよ? 」

「 でも ・・・ ジョー。 あなただって・・・学校 ・・・ 」

「 うん。 だから分担しようよ? 朝御飯はぼくがつくる。 晩御飯はきみに頼んでいい? 」

「 おいおい ・・・ 二人とも。 飯に仕度くらいワシにも出来るぞ?

 なにせ この国は レンジでチン! という超スグレモノが多いからの。 」

「 ・・・ あ ぼくの得意ワザなんですけど・・・ 」

「 博士 ・・・ ジョー ・・・ ありがとう ・・・ 」

「 あ やだなあ〜 もう・・・ そんな泣いたりしてさあ。 」

「 ウチのことは心配せんでよいよ。  お前の目指す道を進みなさい。 」

「 はい。  頑張ります。 」

単なる同居人 が 少しだけ<家族>に近づいたのかもしれない。

   そして ― それぞれの挑戦が始まった。

 

 

 

 

「 ワシの事情で ・・・ あの娘 ( こ ) を 長い間レッスンから遠ざけてしまいました。 」

博士は カンパニーのオフィスでとつとつと話す。

フランソワーズに声をかけてくれた、という主宰者は初老の女性でフランス語を巧みに話した。

若い頃はフランスに留学しバレエを学んでいたという。

「 彼女の 努力に期待していますわ。 」

「 はい ・・・ どうぞ宜しくお願いします。 」

「 ご安心くださいな、 お父様。 」

博士は日本風に 深々と頭をさげるとオフィスを辞去した。

カンパニーの出口に フランソワーズが立っていた。

真新しい水色のレオタードが 彼女らしくよく似合っている。

タオルを握り締めた手が 少しだけ震えていた。

「 あ ・・・ 博士 ・・・ 」

「 それでは ワシはこれで帰るからな。 帰り道は大丈夫だな? 」

「 ・・・ はい。 」

「 先生方には その・・・長く休まざるをえなかった、と話しておいたからの。 

 何も心配はいらんよ。 」

「 ・・・ ありがとうございます。 」

「 それじゃ  しっかり な。 」

「 はい。 」

博士はちょっと彼女の頬に触れると、そのまま踵を返し帰っていった。

「 ・・・・・・ 」

カンパニーの門の側には ジョーの姿も見える。

「 ・・・ ジョー ・・・ 」

彼の笑顔に フランソワーズも頬をゆるめちら・・・っと手を振り ―  彼女もまた踵をかえす。

 

    ― さ あ。   わたし ・・・ やるわ!

 

 

博士が門までくると ジョーが近づいてきた。

「 ・・・ 博士。 お疲れさまです。 どう・・・でしたか? 」

「 おう ジョー。  うん、 なかなかしっかりした御人が率いているカンパニーらしいの。

 フランス語にも堪能じゃし ・・・ フランソワーズも安心じゃろう。 」

「 そうですか ・・・ よかった! 」

「 うむ。 あとは 彼女次第、 じゃよ。    さあ ジョー。 」

「 はい ? 」

博士はきっちりとジョーの顔を見つめた。

「 今後はお前の番だ。  お前も希望する道を 行くがいい。

 ワシは出来る限り応援するぞ。 」

「 ―  はい!  あ ありがとうございます! 」

「 お前の努力次第 じゃよ。  さ まずは書店に回ろうか。 」

「 はい! 」

二人は 表通へと歩いていった。

 

 

 

バタン ・・・ リビングのドアが開き ジョーがどたどたと入ってきた。

肩からかけたバッグが重そうだ。

「 ただいま〜〜〜 ・・・  あれ? 」

「 ・・・・・ ・・・・ ・・・・ 」

リビングは がら〜ん・・としていて、薄暗い。

そしてソファの片隅に衣類が捏ねてあり ・・・ いや、転寝していた ・・・ 彼女が。

「 あ ・・・ は?  疲れてるんだな〜〜 」

ジョーはそうっと自分の荷物を降ろすと、ソファの足元に転がっている彼女のバッグを起こした。

「 ああ 洗濯物かあ  取り込んできて ・・・ 寝ちゃったんだね。 」

ローテーブルの上には ぱりぱりに乾いた洗濯物が山を成していた。

「 ふんふん ・・・ やあ お日様の匂いがするよ? 」

ジョーはそっとソファの脇に座り込むと 洗濯物を畳み始めた。

「 ・・・ っと〜〜 この靴下の相手は ・・・  ぼくもさ〜 がんがんやってるよ〜 」

ハナウタと一緒に 洗濯物は畳まれ積み上げられてゆく。

「 ふんふんふ〜ん ♪  で さ。 ぼくもちょっと進路が明確になってきた かな? 

 聴講生だけじゃないよ。  出来れば編入学とかも・・・ ふんふん♪ 

 専攻もさ〜 少し軌道修正なんだ  ・・・ 」

ジョーは独り言の延長っぽい気分で、 でも目の前に眠る彼女に話しかけてるつもり、らしい。

 ・・・ 面と向かっては まだ照れ臭くていえない。

「 博士の助手志願だから 機械工学を、と思ってたんだけど  ・・・ 」

パサ ・・・ パサ ・・・・  自分のシャツを畳む。

「 思ってたし、必要だよね。  けど 今 ・・・ぼく、写真やカメラが面白いんだ。

 ううん、報道写真とかじゃなくて ・・・ う〜ん ・・・たとえば風景とか遺跡とか。

 ぼくの目で見たものを 皆に広める、とか ・・・ そんなの。 」

パン パン ・・・と リネン類をたたいて 皺をぴん! と伸ばす。

「 あ ・・・ ごめん うるさいよね?  ・・・ おきちゃった?  」

ちょろっと彼女の寝顔を覗き また安心して洗濯物のヤマに手を伸ばす。

「 ― で さ。  博士の相談したんだ。  その ・・・ 進路のこと とか さ。 」

バサ ・・・ !  トン。  リネン類をきちんと重ねる。

 

 

「 遠慮はいらんぞ。 お前自身が興味を持つ分野に進め。 」

工学系の勉強を ―  と申し出たジョーに ギルモア博士は真面目に応えた。

「 え でも。 博士の助手 ・・・ 」

「 ありがとう。  ジョーの助けは絶対に必要じゃからなあ・・・

 それはウチでワシが みっちり教える。  だがな、お前自身の希望は何かね? 」

「 き 希望 ですか 」

「 そうじゃ。  将来の職業にも繋がるしな。 

それに ― と一旦言葉を切ると 博士はに・・っと笑いかける。

「 お前、 将来の妻子をどうやって養ってゆくつもりか? 」

「 しょ ・・・ 将来の さ さ さ 妻子〜〜〜 ? 」

「 そうじゃよ。  ・・・ 気になる・・・ いや  好きなんじゃろう? フランソワーズが。 」

「 え! ・・・あ〜〜 え え ええ  まあ ・・・ 」

いきなりずばり!と核心を衝かれ ジョーはへどもどしている。 首の付け根まで赤くなった。

「 じゃったら そのことを見据えてじっくりと考えることじゃ。 」

「 ・・ は はい ・・・ ! 

ジョーはまだ真っ赤のまま 素直に頷いた。

 

    彼女は ―  キレイなんだ ・・・! 眩しいんだ。

    ぼくなんかに 振り向いてくれる かな ・・・

    いいや!  振り向かせるオトコになるんだ・・・!

 

目標が決まった。  自分自身の腹の内もしっかりと自覚した。

だったら あとは。

「 うん。 あとは ―  やるっきゃない! 」

ジョーは今 しっかりと < 生きる >。

 

フランソワーズは 言った。

「 踊るの。  もう一度・・・!  約束だから。 」

まっすぐ前を見つめ 前進しはじめた彼女が 眩しい・・・

 

   だから ぼくも。  そして ― きみのハートをゲットするんだ。

 

 

ローテーブルの上には きちんと畳まれた洗濯モノが整列している。

「 あ は・・・ 気持ちいいなあ。  えっと・・・ これは博士の分だよな〜

 ちょっと配達してこようっと。 」

ジョーは ぱりぱりの衣類の一山を抱えると リビングを出ていった。

  ― カサリ ・・・  フランソワーズはそうっと身体を動かした。

「 ・・・ ありがとう  ジョー ! 

 ふふふ ・・・ わたしの分 ・・・ 下着は別にしておいてよかった・・・ 」

ソファの上で フランソワーズがこそっと呟いた。

「 とっくに目が覚めてたんだけど。  ジョーってばあんまり嬉しそうに洗濯物、畳んでいたから。

 ジョーも イイコト があったみたい ね。 」

ひょい、と反動をつけ起き上がり さささ・・・っと髪を手櫛で整える。

「 ― 今晩はね、ジョーの好きなカレーにするわ。 」

 

  ふんふんふ〜ん♪   

ハナウタはキッチンの中でもずっと続いていた。 カレーの香りが漂ってきてからも・・・

 

 

 

 

 ドタドタドタ  ・・・・ バサバサバサ ・・・!

 

「 はいはい もうすぐ二ベルですよ〜 ほら上手( かみて )、オッケー? 」

「 〜 〜 〜 ・・・ はい 全員います。 」

「 下手 ( しもて ) は?  あっちは ゆみ? 」

「 そうです  ・・・ あ オッケーだしてます〜 」

「 ありがと。   はい それじゃ ・・・ あら フランソワーズ。  黒髪、 似会うわね〜 」

「 ・・・え そ そうですか・・ ヘンじゃないですか? 」

「 全然。 キレイよ〜  」

 

    ♪♪ 〜〜〜 ♪♪ 〜〜〜

 

開幕を告げるべルが 劇場の天井にこだまする。

上手袖で ミルタ役がスタンバイしている。

 

「 ・・・ 始まるわね〜 」

フランソワーズの隣の列に立つ <ウィリ>が こそ・・・っと話しかけた。

「 ウン ・・・ き 緊張 ・・・ 」

「 あれ 初めて? 」

「 ハイ、ここの公演 ・・・ 」

「 あらそう??  もうとっくに何回も出てると思ったわ? 」

「 いえ ・・・初めて ・・・ 」

そこここでボソボソ聞こえていた声が ぴたり、と止んだ。

 ― 次の小節から  ・・・ 出 だ。

先頭は勿論 ウィリ達全員が ぴ・・・!と姿勢を正した。

 

  カツッ ・・・  ほんの小さな音とともに立ち、重心を引き上げ ポアントで立つ。

  そして ダンサー達はすべるように舞台に出る。

 

「 ・・・・・・ 」

フランソワーズは 前のダンサーとの距離を確認しつつ顔を伏せポーズを取る。

  トクン トクン トクン ・・・ 心臓の音がやけに大きく聞こえる  ような気がする。

音を聞き、カウントしつつ 彼女はポーズを崩さずに待つ。

 

    ・・・ ここまで ・・・ 来たわ! あと もうちょっと。

    ね ・・・  約束、果たすから。  お兄さん ・・ ミシェル・・! 

 

 タタタタ ・・・・ 最後のグループの足音が聞こえた。  

ウィリ達全部の列が 舞台に乗った。   

 

   『 ジゼル 』  の二幕、 ウィリ達の踊りがはじまる。

 

 

 

 

 

 

 

今日は珍しく全員が ― といっても三人だけだが ― 夕食の食卓を囲む予定だ。

フランソワーズは張り切って料理をし、 ジョーもキッチンをうろうろしていた。

ガス台の前から そんな彼に声を掛ける。

「 ジョー? 勉強・・・あるのでしょう?  用意ができたら呼ぶから・・・ 」

「 え? ああ 平気だよ〜〜 小学生じゃあるまいし・・・手伝いくらいやらせてよ。 」

「 いいけど ・・・  それじゃ そのレタス、水を切ってから適当にちぎって・・・

 深皿に盛ってくださる? 」

「 え ・・・ 千切る・・・・って 手 で?? 」

「 そうよ〜 レタスは金気 ( かなけ ) を嫌うし・・・サラダはざっくり作ったほうが美味しいわ。」

「 わ ・・・ わかった ・・・ え〜  こんくらい? 」

「 もっと いっぱい、お願い。 上からね 熱々のニンニクのベーコン炒め をかけるから・・・ 」

「 うわぉ〜〜〜♪ 美味しそう〜〜 」

「 だから たっぷり・・・お皿に盛っておいてね〜  えっとメインは〜っと ・・・ 」

「 ふふふ〜ん♪ 」

ジョーはレタスを千切りつつ ・・・ つい つい 目は彼女を追ってしまう。

真っ白なエプロンが眩しいから、 と自分自身に言い訳し、彼女の横顔ばかり見つめている。

 

    ・・・ きっれい だよなあ 〜〜 ・・・・

    毎日 疲れているのに ・・・ 晩御飯、すごく美味しいしなあ〜

 

    それにしても ・・・ キレイだなあ〜〜

 

「 ?  なあに、 ジョー? 」

視線を感じて、か 彼女が急に顔を上げた。

「 え!!! い い いいい いえ!  な なんでもありません ! 」

ジョーは慌てて俯くとめったやたらに レタスを千切り続ける。

「 あ〜 ・・・ もういいわ、レタスは ・・・  」

「 あ  そ  そう?? 」

「 ええ。  メインは〜 えっと ・・・ 大き目なお皿、並べてくれる? 」

「 うん!   あ マッシュポテト? 」

「 そうなの。  お肉の下に敷いておくと美味しいって 母から教わったのよ。 」

「 ふうん ・・・ すげ〜〜〜楽しみ♪  」

「 そんなに凝ったメニュウじゃないわよ〜  ね、 デザートなんだけど・・・

 庭の温室のいちご・・・食べられるわよね? 」

「 あ〜 ん ? どうかな〜  ちょっと見てくるね。 」

「 お願いします。  え〜とあとはお肉を焼いて・・・ うまく漬かっているかしら 」

「 ―  ねえ? 」

ジョーは ザルを手にキッチンの勝手口から振り返る。

「 フラン。  いいこと、あった? 」

「 え?  ど どうして? 」

「 だってと〜っても ・・・ なんかね〜こう・・・キラキラしてる・・・ 」

「 ええ?? キラキラ?? 」

「 うん。 なんていうかなあ〜 フランの周りの空気もね、キラキラしてるみたいだ。 」

「 まあ ・・・  ねえ ジョーも ね? 」

「 え なに? 」

「 だから ジョーも キラキラしてるわよ?  なんかいいこと、あったでしょう? 」

「 ・・・ う ・・・ これから! 」

「 ?? どういうこと? 」

「 あの! これからいいこと、 起きて欲しいんだ。 」

「 ???? 」

ますますわからないわ ・・・と 彼女は碧い瞳をまん丸にしている。

「 え〜と。   あの。 ふ フランソワーズ ・・・さん。 

「 はい ・・・?? 」

「 あ  あ〜 え〜と。   つ 付き合って くれますか 。  」

「 は  い ・・??  なにを?  散歩? 」

「 !?  ( あ。 フランス語じゃ そんな風には言わないのか〜〜 ?? )

 い いえ!  さ 散歩 じゃなくて! ( う〜〜〜 ふ フランス語 )

 ぼくはあなたがすきです。 それゆえこうさいしてくれませんか? 」

ジョーは ひどく平板な発音のフランス語でイッキに言った。

自動翻訳機を頼っていないことは ・・・ 明白だ。

「 ・・・ まあ ・・・・ 」

「 あの。  だめでしょうか。 」

「 ・・・・・・ 」

  ― カチン。   彼女はガスを切った。 そして ・・・ ジョーに向き直り、背伸びして

 

「 Oui Monsieur.  Avec plaisir ♪  ( はい 喜んで♪ ) 」

 

しなやかな腕がジョーの首に撒きついた、

「 う わ〜〜〜♪  ・・・・  ( う ・・・・ ようし ・・・ えい! ) 」

ジョーはあまりな急展開にばくばくしつつ がば!と抱き締めるとひどく不器用にキスをした。

 

  ・・・ 夕食時間が少々遅くなったのは  まあ致し方ないだろう。

 

 

「 ほう ・・・ これは美味いなあ〜  うん ・・・ この味はなんだろう? 」

博士はにこにこと味わいつつ・・・ 首をかしげている。

「 これ! 美味しいよね〜〜 肉、だよねえ? 豚肉? 」

ジョーも箸をもったまま じ〜〜っと皿の上を見つめる。

「 ふふふ ・・・ あのね、しおこうじ ( 塩糀 ) っていうのに漬けておいたんです。

 今ね とても流行っているのですって。 」

「 ははあ ・・・ 糀 か。 なるほどなあ〜 美味いわけじゃ。  」

さすが科学者 ・・・ 博士は糀の化学作用がすぐにピンと来たらしい。

「 ???  ぼくにはさっぱり??  でも美味しいからいいや♪ 」

ジョーは お皿の模様まで食べてしまいそうな勢いだ。

「 まあ ジョーったら・・・  この国には美味しいものがたくさんあるのねえ。

 これ・・・ 商店街のお肉屋さんで教わったの。 」

「 ほうほう それはよいことじゃな。  ここの商店街の <専門店> は素晴しいからなあ。 」

昔ながらの個人商店が並ぶ界隈なのだが、博士もフランソワーズも好んで利用している。

「 へえ ・・・ ぼく、大抵コンビニとかスーパー、使っちゃうけど。 」

「 あら ジョー 。 お店の方といろいろおしゃべりするのも楽しいわよ?

 わたし、日本の食材の調理法とか ・・・ 皆聞いちゃうの。 オマケとかもしてくれるし。 」

「 ふうん ・・・ そうなんだ? 」

  ― ふん、彼女は予約済み だぞ! とジョーは密かに唸っていた。

 

 

「 レッスンはどうだね?  毎朝、頑張っておるじゃないか。 」

博士は デザートの苺を摘まみつつ・・・聞いた。

「 なんとか慣れてきました。  あの 来月、新人公演があるんです。 」

「 え フラン、出れる? 」

「 < 出られる > じゃろ、ジョー。  で どうなのかね? 」

「 はい ・・・ 新人主体ですから ・・・ わたしにも役が回ってきました。 コールドですけど・・・ 」

「 こ〜るど?? 」

「 群舞のことよ。  大勢の一人。 『 ジゼル 』 の二幕、 ウィリ達 なんです。 」

「 おお それはよかった。  観にゆくからな、しっかり踊るのじゃぞ? 」

「 はい! 」

「 フラン〜〜 すごい! やったね〜〜〜  すごいなあ〜 」

「 まだまだ よ。  とりあえず、一歩・・・ 歩いた、ってとこ。 」

「 確実に進んでいるじゃん?   あ ・・・ ぼくもひとつ報告があるんだ。 」

今度はジョーがもじもじしている。

「 ほう ? なんだね。 大学の聴講生クラスの方は なかなかよい成績だ、と 

 コズミ君が褒めておったぞ? 」

「 え へ・・・ でも 必死なんです、ぼく。 付いてゆくだけ・・・ってカンジ。

 え〜と それで ですね。 専門学校なんだけど。 」

「 専門学校 ・・・って カメラの よね。  ジョー ・・・ 両立、大変じゃない? 」

「 ウン ・・・ でも 好きで始めたから さ。

 で そのね、 カメラの方なんだけど。  へへへ ・・・ 基礎コースで 一応・・・ 」

ジョーは屈むと ごそごそ・・・テーブルの下から雑誌を取り出した。

「 これ・・・ 学内グラフなんだけど。   一応 特選、もらったんだ。 はい 博士  」

ジョーは 食卓越しに博士に雑誌を渡した。

「 おっと・・・ ちょいと待っておくれ ・・・ 」

博士はテーブルに置いていた老眼鏡を あわてて掛けた。

「 ・・・・  ほう 〜〜〜  これは ・・・  ジョー。 お前  やったな! 」

「 えええ?! みせて 見せて 〜〜〜 」

二人の前に開かれた雑誌の片隅に 一葉の写真が掲載されている。

 

  あこがれ   というタイトル。   若い女性のナナメ後ろからのポートレイト。

 

わざと逆光にしているのでモノクロっぽくみえるが 薄く色は見えている。

きりり、と結い上げた髪。 そして 汗を流しつつもきっかり前を見つめている。

髪の色も瞳の色も定かではない。 

しかし その真摯な姿勢、 意志の強さは十分に見ることができる。

 

「 ・・・ こ  れ  ・・・  だあれ?  すごい・・・ 」

「 え? 」

博士が ぷ・・・っと吹き出した。

「 ご本人にも判らんとは ・・・ ジョー、ある意味成功じゃな。 」

「 !?  え 〜〜〜 これ ・・・・ わ わたし ?? 」

「 そ。  ごめん ・・・ 勝手に撮って ・・・ 肖像権の侵害 だよね。 」

「 ?? 別に 構わないけど ・・・ これじゃ誰かってわからないし・・・

 わたし ・・・ こんなにきれいじゃないもの。 」

「 きみは きれいだよ。  いつだってまっすぐ前を向いていて さ。

 きみは ぼくのあこがれ。   これが  今、ぼくにできるきみへの賛辞、かな。 」

「 さんじ? 」

「 ははは ・・・ お前が好きだ〜〜〜ってことさ。 」

「 博士!! 」

「 まあ いいじゃないか。 そういうことになっとる。  この家では な。 」

「 ・・・ ジョー ってば ジョーってば ・・・ 」

フランソワーズは 真っ赤になりつつ頬に涙が転げ落ちる。

「 ・・・ ご ごめん ・・・ そんなに イヤ ・・・だった? 」

「 もう〜〜  ジョーってば ・・・ 嬉しくても涙、でるの! 」

「 ・・・ あっは♪  博士の仰る通りです〜〜 」

「 ・・・ バカ ・・・もう〜〜 」

見つめ逢う二人に 博士はわが意を得たり、とにこにこ顔 ・・・ この時から二人は

< 公認の仲 > から  < ウチの若夫婦 > ( 博士談 ) となる。

 

     やっと ・・・ 足掛かりを得たわ!

     ・・・ わたし。   約束、 忘れてはいないわ・・・!

 

     お兄さん・・・ ミシェル ・・・ 

     わたし ・・・ 生きてきたの  ・・・! 約束のために ・・・・

 

 

 

 

 

  ― そして 10年近くが過ぎた。

 

 

  ― バン ・・・!

 

ドアが勢いよく開き、 どやどやと若い男の子達が入ってきた。

「 俺! シャワー〜〜〜 いっちばん☆ 」

「 次 !! 」

「 その次 〜〜 早くしてくれえ〜 」

「 うう〜〜〜 つっかれ〜〜 た ・・・! 」

彼らは汗まみれの Tシャツだのレッスン着だのを脱ぎ捨て始めた。

ここはフランソワーズの通うバレエ・カンパニーの 男子更衣室!

最後に 軽い足取りで長身の青年が入ってきた。

「 〜〜♪ ♪  っと。  俺 最後でいいぞ〜  」

「 タクヤ〜〜  お前、ヤケに機嫌 いいじゃん? 」

「 ふんふんふ〜〜ん♪  大当たり だから、オレ♪ 」

「 ? ぁ〜〜  そっか。 〜〜 くそゥ〜〜 」

一人が グリグリ・・・っと一発ゆる〜く一発お見舞いした。

「 あ〜 そっか〜  サマコンな〜  タクヤ、 お前 なんだっけ? 」

「 ふんふんふん〜〜♪   そこな村人。  我が名はアルブレヒト〜 」

「 ジゼル かあ  い〜な〜  相手、だれ。 」

「 ふんふ〜〜ん♪  金髪の〜〜 フランソワーズちゃ〜ん♪ 」

「 あ! い〜な〜〜  あのコ、すっごくカンジいいよな〜 可愛いし上手いし軽いし 

 タクヤ〜〜 てめェ こンのヤロ〜〜〜! 」

「 そ〜ゆ〜コト♪  これをチャンスにぐっとお近づきになりたい♪ 

 けど ・・・ さあ ・・・ 」

ハア 〜〜 ・・・ ご機嫌青少年は 一転重い溜息を吐く。

「 んだよ? 」

「 ウン ・・・ 彼女、リハの後にお茶とか誘ってもよ、 ごめんなさい、って帰っちゃうんだ。 」

「 あ〜 彼女さ、 家 、遠いらしいよ? それに < 箱入り >女子っぽい。

 ここに入った時、親父さんが初日に挨拶に来たんだって。 もはや伝説だってさ。 」

「 ・・・ げ★ 」

「 大事な大事な箱入り娘 ・・・ってか?  ガードは固いぜ タクヤ〜〜 」

「 う 〜〜〜   くそ〜〜 オレの踊りで ウン といわせる! 」

「 は! ・・・ お前 相当な自意識過剰〜〜 」

「 ふん ・・・! 自意識過剰でね〜かったらアルブレヒト、踊れっかよ!

 まあ いいさ。  ともかく このチャンスを 〜〜 モノにする! 」

 バサ !  彼は勢い良く稽古着を脱ぎ始めた。

 

 

そして 二月後の早朝 ―  崖の上の洋館の玄関には 当家の若夫婦がいた。

「 ― しっかり な。 」

「 ん。   ジョー ・・・ いろいろ ・・・ ありがとう。 」

「 その分、いい踊りしろ。  間に合うように行くからね。 」

「 ・・・ ありがとう。   ね ・・・ もう一度 キスして。  お護りにするの。 」

島村氏は笑って彼の細君を引き寄せる。

「 変わったお護りだね?  まあ いっか ・・・・・ 」

「 ・・・ んん〜〜〜〜  」

 

  トタトタトタ !  タタタタ ・・・!   賑やかな足音が聞こえてきた。

 

「 あ〜〜〜 イッテキマスの ちゅう〜? 」

「 おか〜さ〜ん いってらっしゃ〜い 」

「 ・・・ あ あら・・・ あなた達・・・ もう起きたの? 」

パジャマのままの色違いのアタマが ぱ・・・っとフランソワーズに抱きついた。

「 ん〜〜〜 いってらっしゃい、するの、 アタシ〜〜 」

「 僕も 僕も〜〜〜 おかあさ〜〜ん ! 」

「 あらあら ・・・ いってきます、すぴか すばる ・・・ 」

「 うふふ〜ん ・・・ ばれえ がんばってね、おかあさん 」

「 ・・・ うふふふふ・・・ おかあさ〜ん だいすき〜〜 」

二人はほっぺにママンのキスを貰ってご機嫌ちゃんだ。

「 ほらほら・・・二人とも? もうお母さんを放してあげなさい。 お出掛けの時間なんだ。 」

「「 は〜〜い  」」

 

「  ― 行ってきます。 」

「 ああ。 しっかり な。 」

 

夫の手に子供たちを預け フランソワーズは静かに玄関を出た。

いつもと同じにバスと電車をつかって都心に向かう。

 

  今日。 彼女は小さなコンサートで 『 ジゼル 』 2幕のパ・ド・ドゥ を踊るのだ。

 

 

 

 照明が入った。   ・・・ 音が 流れ始めた。

タクヤがゆっくり 舞台に登場する。   

  1 ・・・ 2 ・・・  あと二小節 ・・・   カツ ・・・! 彼女は軽やかに駆け出す。

 

今日 このパ・ド・ドゥを踊るまでに 本当に ― ながいながい回り道をしてしまった。

本来の自分自身を、 そして人生を 奪われてしまった。  40年間 眠らされた。   

それでも 愛するヒトと巡り会い ・・・結ばれ、子供たちまで授かった。

それは何物にも換え難い喜びだけれども、妊娠・出産・子育て ―  さらに10年ちかく経った。

 そして  約半世紀の後 ・・・ フランソワーズは  今 『 ジゼル 』 を踊る。

 

アルブレヒトの腕に抱かれ ジゼルは軽々と宙に舞う。 

 

    ・・・ これは ね。 わたしには特別な踊り なの。

    ねえ やっぱり ジゼルは嬉しかったんだ って思うのよ。

    愛する人と ほんの少しでももう一回 踊れたのですもの ・・・

 

ジゼルの淡い微笑みの中に フランソワーズは彼女自身の全ての想いを籠める。

ひとつ ひとつのパに ずっとずっと願っていた < 踊りたい! > 気持ちを込める。

小さなコンサートの小品集のプログラムだったけれど 踊れることがこんなにも嬉しい。

 

    ・・・ !  く くそ〜〜 なんだって なんだってこんなに ・・・

    胸が熱くなるんだ よ・・・! オレ 負けそう〜〜

 

    ああ ああ フラン〜〜 君って 君って・・・ くっそ〜〜 最高!

    

「 ・・・ おい。  タクヤのヤツ・・・ 泣いてるぜ。 」

「 そ〜いうお前だって 泣いてるじゃんか 」

「 あ は ・・・ お前だって 」

袖で見ていた同じダンサー達も 気がつけば涙が頬を伝っていた。

 

    『 ジゼル 』 2幕 より パ・ド・ドゥ   

 

静かにジゼルは消えてゆき アルブレヒトの悲嘆の上に幕が降りた。

その日 ・・・ 彼らの踊りは一番の拍手を貰うことができた。

万雷の拍手の中  ジゼルとアルブレヒトは優雅にレベランスをする。

 

    ・・・ ねえ ジョー。  わたし ・・・ 今 やっと ・・・

    『 ジゼル 』 を 踊り終えることができたのよ。 

 

    やっと  約束を果たせたわ ・・・ 

    お兄さん   ミシェル  ・・・   ― ジョー・・・! 

 

スポットライトの中で微笑む細君に ジョー自身も最高の笑顔を贈った。

「 ねえ フランソワーズ?  ぼくは きみを誇りに想うよ! 」

 

  

フランソラーズ・アルヌール は 半世紀かけて 『 ジゼル 』 を踊り終えた。

 

 

 

 

 **********  付録 ********

 

彼らの舞台の後、あるダンス誌に小さな記事が載っていた。 気付いた人はあまりいなかった。

有名振り付け家 ミシェル・ルブラン氏のコラムだ。

「 ・・・ 夢を ― 見させてもらった。  昔の想い人と同じ名の踊り手の舞台を見た。

 神様がくれたプレゼントなのかもしれない。 

 なあ・・ファン。 君は あの少女に姿を変えて 年月を超えて現れたのかい? 

 ああ もう一度 君と踊りたい・・・!

 約束を果たしてくれた 君と  あの 『 ジゼル 」 を 」

 

 

 

*****************************    Fin.    ***************************

 

 

Last updated : 08,07,2012.                 back        /      index

 

 

 

************   ひと言  ***********

そして お話は  『 王子サマの条件 』  に続くのでアリマス♪

ですから この時点ではタクヤ君はフランちゃんが 人妻であり子持ちである! 

ことを知らないのです。

・・・ フランちゃんはバレリーナ!話のはずが ・・・ ははは 島村さんち話 に

なってしまったデス